昨日21日は、人と会う一日でした。
夕方は妻と一緒に、あるイベントの打ち合わせ、夜は来客があって、商売について語らう。
人と会っていろんな話を交わすのは実に面白いです。
グッときます。
そして、今回の記事でもってあめつち雑記を一時休止致します。
で、新しいブログをスタートしようと思っています。
新しいブログでは、私と妻と、一緒に何かを表せる形を取ろうと思います。
後ほど改めてここでお知らせします。
2012年1月22日日曜日
2012年1月10日火曜日
日露ビジネスジャーナル
先日のエントリーでご紹介した、取材の記事が公開されたとのご連絡をいただいたので、改めてご紹介します。
日露ビジネスジャーナル : ロシア絵本は一種の美術品かも――学究の徒、ネット販売に転進
記事の主な内容は、妻と運営するロシア絵本の店「ふぉりくろーる」のこれまでと妻のキャリアに関するものです。
また、記事が掲載された媒体である日露ビジネスジャーナルでは、他にも「ロシア」と「ビジネス」で括られた草の根的な取材記事がずらりと並んでいて、ロシアを考えている人はもちろん、そうでない人でもビジネスや企業に関するヒントを得られるのではないかと思います。
是非ご覧いただければと思います。
日露ビジネスジャーナル
最後にひとりごと。
日本とロシア、転じて、日本であることと日本でないこと、日本語であることと日本語でないこと、日本語で書かれた書物と日本語で書かれてない書物、アカデミズムであることとアカデミズムでないこと、そして、それらの二律背反とは独立して双方と接した普遍的なこと間にあるもの、そういうことがこれからの私たちの商売・ビジネスの基軸となってゆくという強い確信。
新しい人たちに向けて、過去から未来に向かって。
日露ビジネスジャーナル : ロシア絵本は一種の美術品かも――学究の徒、ネット販売に転進
記事の主な内容は、妻と運営するロシア絵本の店「ふぉりくろーる」のこれまでと妻のキャリアに関するものです。
また、記事が掲載された媒体である日露ビジネスジャーナルでは、他にも「ロシア」と「ビジネス」で括られた草の根的な取材記事がずらりと並んでいて、ロシアを考えている人はもちろん、そうでない人でもビジネスや企業に関するヒントを得られるのではないかと思います。
是非ご覧いただければと思います。
日露ビジネスジャーナル
最後にひとりごと。
日本とロシア、転じて、日本であることと日本でないこと、日本語であることと日本語でないこと、日本語で書かれた書物と日本語で書かれてない書物、アカデミズムであることとアカデミズムでないこと、そして、それらの二律背反とは独立して双方と接した普遍的なこと間にあるもの、そういうことがこれからの私たちの商売・ビジネスの基軸となってゆくという強い確信。
新しい人たちに向けて、過去から未来に向かって。
2012年1月9日月曜日
遅ればせながら年始に
2012年最初の投稿ですが、年始のご挨拶を口上するのがとても難しく
ただ、後輩が己の人生の岐路に私と私の家族を頼って遊びに来てくれたり、
妻や子供たちや親や妹弟、仲間や同僚やライバルたちが皆明日に向けて日々を過ごしたり、
そうやってごく自然に流れてゆく時間の中でわたしのそんざいがいつどんなふうに無くなったとしても、
決して悔いのないように、日と日をしっかり歩み続けたい。
急いたり、惑ったりすることはあったとしても、自分で選んだ道、さいごまで踏み抜いてゆきたい。
多分ずっと変わってないと思います。
先をゆく人の背を追うようにして顔を上げてきたんだと思います。
前を向いてきたんだと思います。
これからもそうでしかないと思います。
今年は私も妻も年男に年女。
違う年にしたいと思います。
最後に、せどりの大先輩であるたそがれ親父こと吉本康永氏のご逝去に際し、
謹んでお悔やみ申し上げますとともに心よりご冥福をお祈り申し上げます。
ただ、後輩が己の人生の岐路に私と私の家族を頼って遊びに来てくれたり、
妻や子供たちや親や妹弟、仲間や同僚やライバルたちが皆明日に向けて日々を過ごしたり、
そうやってごく自然に流れてゆく時間の中でわたしのそんざいがいつどんなふうに無くなったとしても、
決して悔いのないように、日と日をしっかり歩み続けたい。
急いたり、惑ったりすることはあったとしても、自分で選んだ道、さいごまで踏み抜いてゆきたい。
多分ずっと変わってないと思います。
先をゆく人の背を追うようにして顔を上げてきたんだと思います。
前を向いてきたんだと思います。
これからもそうでしかないと思います。
今年は私も妻も年男に年女。
違う年にしたいと思います。
最後に、せどりの大先輩であるたそがれ親父こと吉本康永氏のご逝去に際し、
謹んでお悔やみ申し上げますとともに心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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